新はんなり菊太郎

最終回「おかえり菊さん」(2007年3月1日放送)

☆☆☆
 この第3シリーズが地味に渋く、それでいて回を追うごとに面白くなっていった最大の要因は、最後の最後まで菊太郎(内藤剛志)とお信(南果歩)を出会わせなかったことに尽きる。主役とヒロインがいっさい同じ場に登場しないなんて、やはりただごとではないだけに、ただごとではない面白みもまた出たのである。そんな二人を交わらせない元凶であるお凛(星野真里)が、好感の持てるキャラクターとして描かれていたところも実にうまかった。
 ならず者に連れ去られたお凛を助けようとしたお信もまた捕らえられてしまう展開は、ここに至る7回分のタメが効いているだけにこれ以上の大前提も考えにくい。そして、第7話でほのめかされた第5話でのお信とお凛の直接対決の全貌も、ここでついに明らかに。これでようやくお凛の立ち位置のすべてがわかったわけだが、ここまでの引っ張りが消化不良を起こすどころかむしろ有用に思えたのは、それだけドラマの作りがしっかりとしていた証である。
 そして毎度の如く炸裂する菊太郎の人間賛歌に、これまで以上に胸のすく思いになる。菊太郎の一方的な強さにこれまでさほど目立たなかった太刀回りも、今シリーズ中ではもっともド派手な見せ方だったが、そんなドラマティックをあっさりと放棄するあたりもいかにも“はんなり”としたこの物語らしいところ。そこには竹のいい匂いがたちこめ、風が気持ちいい。そして菊太郎ならずとも、京の湯葉をわさび醤油で食べたくなる。
 公事宿・鯉屋のドラマへの関与が少なかった不満も、一味違った仕掛けの巧妙さに随所に解消してくれた。落ち着き払った佇まいに風格さえ感じさせたお信を演じた南果歩と、負けん気の塊として菊太郎に食い下がったお凛を演じた星野真里の、あまりにも好対照だった二人の好演がとりわけ心に残る。(麻生結一)

第7回「大黒様飛んだ」(2007年2月22日放送)

☆☆★
 このシリーズ、相変わらず地味にひねってくる。嵐の夜の明くる日、長屋を出た後のお信(南果歩)が奉公する美濃屋に大黒様の掛け軸が降ってくる。ファンタジーと見せかけて、実際にはかつては伊賀屋という大きな旅籠の主だった博打好きの米蔵(遠藤憲一)の悪巧みによるものだったという結末も、その意図を明かそうとしない米蔵とすべてお見通しの菊太郎(内藤剛志)とのやり取りはなかなか見ごたえがあった。菊太郎、段々右京化(『相棒』)してるかな。
 終始ふさぎ込んだお凛(星野真里)のその理由は、お凛がつらいんだったらお信(南果歩)に会わないと言った菊太郎(内藤剛志)と、まったく同じことを第5話の直接対決の際にお信に言われたという衝撃のためだった。いまどき珍しく伏線にタメが効いてる。美濃屋の主・徳兵衛役で、京都出身だけにばんばんが見られたのが何となくうれしかった。(麻生結一)

第6回「秘密」(2007年2月15日放送)

☆☆★
 貧しい長屋の産婆・おたつ(絵沢萌子)に魔が差した、20年前の金持ちの赤子と貧乏の赤子の取り替え事件って、まったくの東海テレビ枠の昼ドラテイストじゃないか!このドラマには京都枠ディティティブ風以外もあったんですね。
 本当は竹篭の行商をしていたかもしれない、現状油問屋の娘・お琴(浅見れいな)をいまさらに脅しにかかる産婆のおたつがどうして今までその事実を黙っていたかは判然としなかったが(度々にお金をせびっていたのは数年がかりだったかもしれないが)、母親は4年前に風邪をこじらせて他界、大工の夫は1年前に屋根から落ちてあっけなく逝って、その夫との子を宿した身重にもかかわらず竹篭の行商を続けなければいけない、本来は裕福な人生を送るはずだったおまさ(竹村愛美)が産気づいた際、菊太郎(内藤剛志)がご丁寧にもおまさを因縁のおたつのところに運ぶあたりはいかにもこのシリーズらしいひねり方だ。そして、生まれてきても苦労ばっかりの人生が待っているであろう赤子だって、やっぱりそれでも喜びに溢れて生まれてくるんだという菊太郎のハイパーポジティブシンキングも、これまでの語り口と変わることのない人生賛歌に満ちていた。
 悩んで悩んで、ついに真実を告白することを決心するお琴と、いまだに真実を語らずに逃げてばかりのお凛(星野真里)が重なってきて、この第3シリーズの横糸が次回以降に引き継がれるあたりの構成は、最後まで成り行きを見逃せないと思わせて見事。苦悩するお琴を演じた浅見れいなとそれを見守るお凛役の星野真里の、いかにも幸薄そうなツーショットを眺めるに、近い将来の東海テレビ枠昼ドラのキャスティングを疑似体験しているような気分になった。(麻生結一)

第5回「怪談・冬の蛍」(2007年2月8日放送)

☆☆☆
 冬場にわざわざ怪談話を持ってきただけのことはあって、ひねりのきかせ方も一通りではなかった。ただそれは、京で一、二を争う川魚料理の但馬屋の一人娘で、1年前に病死したお夏(つぐみ)を利用する形で、財産を狙った奉公人のお重(押谷かおり)と松三(井之上淳)が仕掛ける幽霊トリックではなく(ネタばれすみませんも、ここが眼目ではありませんので)、入婿にして現在の主人・清太郎(吹越満)の心情の方である。
 本当に惚れていたら怖くないはずも、大事に大事に思ってきた女房の幽霊だって怖いか否かという菊太郎(内藤剛志)の問いに、算盤尽くで主になった取り入り上手な清太郎が怖いと答える一連の掛け合いは見ごたえたっぷり。一回たりともお夏を愛しいと思ったことがないと誠実に吐露する清太郎に、精一杯尽くしたことこそが尊いとマクロ的に諭す菊太郎の度量の大きさといったら。自らの短い命を精一杯輝いて死んでいく蛍に例えたらしいお夏を演じたつぐみはいかにも幽霊っぽい薄幸ぶりだったが、亡霊のエフェクトがチープなのにはガッカリ。★一つ減点してもよかったも、憂いの余韻がそれを踏みとどまらせる。
 お信(南果歩)とお凛(星野真里)の初の直接対決も見ものだった。

お凛「隠れてるなら隠れてるで、ずっと出てこないで」

と凄むお凛はいよいよ菊太郎(内藤剛志)に本気モード。こうなったら、菊太郎とお信は最終回まで会えない方がいいなぁ。(麻生結一)

第4回「黒猫の婆」(2007年2月1日放送)

☆☆
 お凛役の星野真里に引き続いて、お信(南果歩)が住んでいる長屋に越してくる偏屈な老婆・お里役で淡路恵子も登場して、ちょっとした『茂七の事件簿ふしぎ草紙』の同窓会風になる。チラッと実現する星野真里と淡路恵子のツーショットが最大の見せ場で、主筋はまたもや親子の情への落とし込みで新味なし。テレビ朝日系の京都枠ディテクティヴとどっちを見てるのか、見分けがつかなくなる。(麻生結一)

第3回「凄い男」(2007年1月25日放送)

☆☆☆
 ようやく公事宿・鯉屋が物語の中心になったかと思いきや、いきなりの佳作となったのはいかにもこのシリーズらしいところ。冒頭、腕のいい大工や左官が揃っていると京都でも評判の高い奈良・吉野屋の四郎右衛門(伊吹吾郎)が一群引き連れて登場するシーンから実にいい。この四郎右衛門は京屋敷の普請を理由も知らされずに取りやめを命じられたことに対して、彦根の大名・井伊家を訴えると言う。当時の常識では、町人が大名を訴えるなぞ身分をわきまえぬ不届き者となるに、公事を引き受ける鯉屋も吉野家同様に店(たな)をつぶされてもおかしくない。ここにダブルリスクとなる設定がまずは分厚い。
 何ごとにも筋を通そうとする四郎右衛門とその用心棒となる菊太郎(内藤剛志)との掛け合いも楽しい。四郎右衛門の菊太郎に対する「得体の知れぬお人」呼ばわりはなるほどね。四郎右衛門の這いつくばって生きていた人生の告白に、

菊太郎「ようがんばったな」

の一言が心に染み入る。
 非公式の呼び出しを受け、鯉屋源十郎(渡辺徹)が吉野屋の言い分を述べている最中、あれほどに筋を通すことに前のめりだった四郎右衛門が、盆栽泥棒・与吉(小薮千豊)と血のつながりのないその兄弟たちに思いをめぐらせる一瞬には唸った。四郎右衛門の人間的な大きさがよく表れている名場面である。公事の穏便な済ませ方もその美談ぶりに胸のすく思い。居候の居候・お凛(星野真里)もさらに調子が出てきたし、なかなか菊太郎に会わせてもらえないお信(南果歩)にもペーソスがあっていい。本当に見てよかったと思わせてくれる回だった。(麻生結一)

第2回「濡れ足袋の女」(2007年1月18日放送)

☆☆
 この第2回でも公事宿・鯉屋は物語に絡まず残念。菊太郎(内藤剛志)がお信(南果歩)の長屋で雨宿りを共にするお志乃(池上季実子)が早々死んでしまう一捻りはあったが、親子の情への落とし込みはやはり同時間帯放送のテレビ朝日系の京都枠ディテクティヴと同波長で新味はない。どちらにしても、この2作品は違う時間帯に放送した方がいいと思うんだけど。
 菊太郎とワケありを匂わせて、江戸からやって来たお凛(星野真里)が初登場。お凛を演じる星野真里は『茂七の事件簿ふしぎ草紙』の茂七の一人娘・お絹役が当たり役だったが、いきなりに多佳(東ちづる)と対等に渡り合った勝気なキャラクターには期待大である。(麻生結一)

第1回「三年ぶりの京」(2007年1月11日放送)

☆☆
 3年ぶりの同シリーズは、やはり菊太郎(内藤剛志)が3年ぶりに京に戻ってくるところから。過去の2回のシリーズは出来ばえにムラっけが多かった印象が強いが、逆に言えば素晴らしい回も期待できるということ。
 愛しいお信(南果歩)のもとでも、育ての母・政江(香川京子)のもとでもなく、まずは公事宿・鯉屋に戻ってしまう相変わらずの菊太郎ではあったが、肝心の事件で鯉屋が絡むのは次回以降にお預け。田中邦衛から宍戸錠に配役が変更になった父・次右衛門が料理屋茶屋の女・妙(遠藤久美子)に入れあげていると菊太郎は聞きつけるも、実際には大のワケありで、という展開は、まるで同時間に放送している京都枠のディテクティブ・ドラマを彷彿とさせるが、そのわけありの女を昨年末におみや入り最多記録を打ち立てたばかりの遠藤久美子が演じているのだから、さらに雰囲気も満点となる。とりあえずは、鯉屋がドラマ的に機能し始めるであろう次回以降を待ちたい。(麻生結一)

新はんなり菊太郎

木曜時代劇
NHK総合木曜20:00〜20:43
制作・著作:NHK大阪
制作統括:古川法一郎
原作:澤田ふじ子『公事宿事件書留帳』
脚本:森脇京子
演出:高橋練
音楽:寺嶋民哉
エンディングテーマ:『口笛』忌野清志郎
語り:小寺康雄アナウンサー
出演:田村菊太郎…内藤剛志、お信…南果歩、鯉屋源十郎…渡辺徹、多佳…東ちづる、お凛…星野真里、田村銕蔵…石本興司、奈々…星奈優里、吉左衛門…多賀勝一、喜六…井之上チャル、お清…石川夢、お杉…上田絵美、綾…奥村小雪、妙…遠藤久美子、一蔵…黄川田将也、藤小路忠守…山本禎顕、蔦重の女将…春やすこ、釣り人…逢坂じゅん、老婆…タイヘイ夢路、長屋の女房たち…田中恵理・那々實あぐり、田村次右衛門…宍戸錠、政江…香川京子