拝啓、父上様

第11回(2007年3月22日放送)

☆☆☆
 鎌倉のレストランで津山冬彦(奥田瑛二)を父だと紹介されて以来、ではナオミ(黒木メイサ)とは異母兄弟では?と、すっかりその疑惑と衝撃に打ちのめされ、連絡すら取らなくなってしまった一平(二宮和也)を巡って、その誤解を解くために周りの大人たちが奔走してくれた最終話。
 一平の周りで竜次(梅宮辰夫)や雪乃(高島礼子)が、そして津山本人が動き、その誤解と事実を少しずつ解き明かしていく傍らで、女将・夢子(八千草薫)を千葉の養護施設に入れる話が急に持ち上がった。晴れた冬の日に律子(岸本加代子)や保(高橋克実)、エリ(福田沙紀)ら家族と共にワゴン車に乗り込み、車の中で機嫌よく鼻歌を歌う夢子の姿は切ない。その運転手役を頼まれた一平が店に戻ってきてみると、坂下の前にある別の家の取り壊し作業が始まっていたのだ。目の前で崩れていく神楽坂を母親には見せまいとした気持ちを察する一平。竜次も女将が町を離れた同じタイミングで店を辞めることにしたと告げる。ドラマは確実に終盤へ向かう。
 ラストはカナルカフェでの一平とナオミのシーン。月水金のみがフランス語の日だったルールが変わってその日の日曜も筆談でやり取りせざるを得ない状況にしたのが心憎い。言葉ではスラスラと軽く流れてしまうかもしれないやりとりも確実に目の前に文字となって残るのだ。結局、それでも彼女は4月にはパリに行くのだろうし、その後の一平達がどうなるのかはわからないが後味は非常によかった。一平だけでなく坂下の人達や町の人達についても、明日からもそれぞれの日常が積み重なっていくのだろうなぁというごく自然な余韻を残して物語は静かに幕を閉じた。
 変化していく町、世の中、それに耐え切れず自分を見失う者、そこから去る者、そこで生き続ける者、すべての者を批判するでもなく、また擁護するでもなく、淡々と描きつつも、その細かい心の動きを手を抜くことなく表現した秀作だったと思う。今期、視聴率云々という話題においては、とんと名前の挙がらなかった「拝啓、父上様」だが、個人的には、いつまでも繰り返し楽しめる良質のドラマがまた一つ誕生し残されたという事実が嬉しい限りである。(綾瀬まき)

第10回(2007年3月15日放送)

☆☆☆
 ここに来て“父上様問題”浮上!先週女将(八千草薫)が精神的な病に侵されてしまった出来事に気を取られ過ぎていた私には実に意表を突かれた展開だったが、他の視聴者の方々は勘よくこういう展開を予測していたのだろうか。それにしてもナオミ(黒木メイサ)の父が津山冬彦(奥田瑛二)とは…成る程、こういう絡め方だったか。しかしこれは津山が自分の父親ではと疑っていた一平(二宮和也)の立場からするとイコール、ナオミとは「兄妹」の可能性が出てきてしまったわけで、その深い悩みが今回のストーリーの主軸となる。この一平の問題はルオー(久保隆徳)始め周囲にまで飛び火し、話を打ち明けられた後に「韓国ドラマみたいだなぁ。」とうっかり漏らしたばかりに一平に食って掛かかられ、たじろいでいた竜次(梅宮辰夫)の様子などはかなり珍しい面白い場面となった。
 さて今回の一押しは「中条」という同じ神楽坂の中で、新たなスタイルで展開し評判になっている料亭の名物女将・小夜子(加賀まりこ)が、客としてやってきた竜次と一平に律子(岸本加代子)のエピソードを語る場面だと思う。今では訳あって犬猿の仲だという幼馴染の二人。坂下を閉める事になって次の店舗では雇いきれない従業員を中条で引き受けてくれないかと、気位の高い律子が自分に頭を下げに来たというものだ。その姿に律子の必死さを感じ、そして不仲を認め合いながらも完全には捨て切れない確かな「情」に応える小夜子の粋にも泣かされる。シンプルだが印象に残るシーンだった。
 さて残すところ、あと1話である。ここまで語られてきている物語は、実際に起こっている事だとすれば、本当に当事者達だけの小さな出来事・事件に過ぎないが、それを「神楽坂」という舞台の中で展開させ「ドラマ」として成立させる実力が、やはりベテランならではの脚本とそして役者の力の結果だろうか。父上様問題、ナオミとの関係、一平の今後…気になる所はまだまだあるが、どうやってひとつずつ片をつけていくのだろうか。そのあたりにも期待しつつ最終話を待ちたい。(綾瀬まき)

第9回(2007年3月8日放送)

☆☆☆
 このドラマのエンディングは隠れた見所だと思っている。森山良子の歌うシャンソン「パピエ」(ドラマ後半からは「手」に変わった)のバックで静かに展開するモノクロ映像の事だ。毎週全てが違うわけではないが、所々差し替えられていて、そこに写る人物達の表情が実に自然でいい。そしてそれと共に映し出される一瞬の風景がドラマでは描かれていない「坂下」の日常を巧みに想像させ世界に深みを与えている。ちなみにその中で個人的に気に入っているのは夢子(八千草薫)から鼓を、また律子(岸本加代子)から生け花を教授されている着物姿のエリ(福田沙紀)。今時風の女子高生でありながらも日頃からこうして店を継ぐ者としての心得を素直に受けている様子を知ると、彼女が先週の放送で泣きながら「高校を卒業したら芸者になる」などという言葉を口にするその背景も見えてくるような気がするのだ。
 さて、エリとのデートをすっぽかした一平(二宮和也)は、翌日から案の定、若女将やエリから無視されて居づらい思いをしていた。が、本人の思惑(計算)通りその日々も僅かで店は正月休みを迎える。一平は元旦にナオミ(黒木メイサ)と神楽坂界隈の七福神めぐりのデートをすることになったのだが、それは息子の彼女を夢子と一緒に観察しながら見定めようという母親・雪乃(高島礼子)の思いつきだった。当日、巡る先々で一平達とすれ違い、しかもそのすれ違い様にウィンクまでして見せる夢子の大胆さは多いに笑える所だった。が、このデートの直後に雪乃から一平に入った一本の電話が物語を一気に沈ませる。

「お母さん、急に壊れちゃった。」

脚本として上手いと思うのは、夢子のキャラクターを生かしたまま、それを「笑い」から一気に「哀しみ」に変えてしまったことだ。彼女の明るい語り口はなんら変わらないのに、それが「狂」から来ていることで周囲が静まり返ってしまう不気味さと悲しさがなんとも言えない切なさを醸し出す。つらい展開になってしまった。(綾瀬まき)

第8回(2007年3月1日放送)

☆☆☆
 第8話はナオミ(黒木メイサ)から突然クリスマスイブの夜にデートに誘われた一平(二宮和也)が、もともとの予定だったエリ(福田沙紀)との約束を安易にキャンセルしたことで巻き起こるひと騒動がメインだったが、このシンプルなあらすじに様々な登場人物が巧みに絡んで、笑い、そしてまた泣かされる見ごたえのある展開となった。
 笑いと言う部分では「シャク半」(松重豊)大活躍!あの強面の松重豊の大真面目ぶりがいちいち可笑しく、またその勢いに圧倒される二宮和也のリアクション芝居も息が合っていて楽しかった。日頃は温厚だがキレると手がつけらないという設定に加えその前触れとして「しゃっくり」が出るという決まりごとがあるだけで見る側に期待感を持たせる手法に私自身がまんまと乗せられているという所でもあるが。そして見ごたえと言う点ではやはり竜次(梅宮辰夫)と一平が二人で飲むシーンだろうか。竜次が新しい坂下には参加せず包丁を置くらしいという噂の真相を恐る恐る訊ねた一平に竜次があっさりと肯定してみせるのだが、その事実を確認した後の心細さを吐露する一平の芝居にこれまた引き込まれた。
 また今話は自分がエリの婿養子に考えられていると知った一平の意識から“先輩婿養子”保(高橋克実)が多く描かれたが、そんな中で挫けそうになった時の心の支えにしているという餞別帳のエピソードは彼の人柄を実直に表していて心に残る。夢子(八千草薫)に律子(岸本加代子)との馴れ初めを一平の前で暴露され慌てるコミカルな部分も含めて、こういった細かい描写の積み重ねが登場人物の愛着へと繋がっていくような気がする。ちなみに細かい描写と言えば、一平がアパートで新しく買ったダウンジャケットの値札を鋏で切り取りながら時夫(横山裕)と話すシーンがあった。おそらく支給されたばかりのボーナスで、しかもナオミとのクリスマスデートのためにわざわざ新調したのだろう。それを「値札を切り取る」という行為で見せるリアルさに妙に感心。
 ところで、一平の本当の「父上様」が誰なのかという問題は今の所棚上げなのだろうか。それとも「父親探し」自体は本編では直接描かないつもりなのだろうか。次週予告の「女将さんが、壊れました。」のひと言が妙に重く残っていて、それも含めてますます目が離せない状況になっている。(綾瀬まき)

第7回(2007年2月22日放送)

☆☆★
 料亭『坂下』の売却話がいよいよ若女将・律子(岸本加代子)から店の者達に伝えられた。今の店は3月まで。再来年の夏に同地に立てられるマンションの1階に規模を縮小した新店舗を計画中だが、それ以外の事、すなわち現従業員達の今後についてはまだ何も決まっていないという。静かに聞き入る竜次(梅宮辰夫)や一平(二宮和也)だったが、仲居達の関心は自分がそこに残れるのか否かということでもちきり。昼休みに従業員だけで集まる中、互いに探りを入れ合うギスギスしたやりとりには穏やかだった水面に嵐の前の漣が立ち始めている様子がよく現れている。
 ところで岸本加代子(律子役)の芝居がとてもいい。物語上では坂下の売却話を一人水面下で進め、将来の人員確保にも抜け目なく策略を巡らせている「悪者」として扱われているものの、それが店の存続のために逞しく切り抜けようとする強い意志によるものだという事が見ていて伝わってくるし、恐らくは影で苦悩してるのだろうなと想像させる余韻があるのだ。敵対する役柄をただ「悪役」として記号的に見せるのは簡単だが、人物の掘り下げがしっかりしているドラマでは、それがどんなに狭い世界の話であっても深みが出る。
 ドラマの後半、客同士のトラブルが起こり、それに静かに怒った夢子(八千草薫)が非礼を働いた方の客に物申す場面がある。客の居直りから時夫(横山裕)らによる乱闘になり、店始まって以来の不祥事だと怒りまくる律子に対し女将・夢子がおっとりと言うのだ。「いいじゃない、もうこの店もお終いなんだし。」自分が育ち生きてきた神楽坂の町の急激な変化を目の当たりにした彼女の様子が少し変わってきている描写に不安を感じずにはいられない。先週から変わったエンディングテーマもそれまでの軽快なシャンソンからしっとりとしたバラードになり、それもまた切なさを煽る。
 さて一平。エリ(福田沙紀)の婿に狙われている事などにはまったく気づかなかった鈍感さや、坂下の内部事情で動揺したと思えば今度はナオミ(黒木メイサ)との交際が予想外にスムーズに展開しそうな予感にすぐはしゃぐ単純さ、純情さは「今時いるのだろうか。」と思わないでもない若者っぷりだが、その彼の浮かれ様が重くなりつつある展開の中の唯一の救い。もっとも次回はどうもその一平とエリを巡る出来事にトラブル発生の様子だが…。(綾瀬まき)

第6回(2007年2月15日放送)

☆☆★
 ここ数回は夢子(八千草薫)の家出騒ぎや一平(二宮和也)の泥棒疑惑など「坂下」という小さな世界での“大きな”事件を中心に語られていたが、第6話は個々の人物の比較的細かい動きを繋いでまとめられており、そういう意味でストーリーとしてのインパクトはこれまでより小さい感じがした。もっとも各エピソードの中には今後のクライマックスへと向かう筋書きに必要な“きっかけ”が埋められている匂いもあり、自分の予想も含めて見落とせない気持ちではあったが。
 さて、竜次(梅宮辰夫)が板前を辞めるという話は嘘だったと仲居の松子(高橋史子)に訂正され心配事の消えた一平の脳内は現金にもすかさずナオミ(黒木メイサ)モードに。携帯の番号を交換したものの一向に連絡が来ない状態に痺れを切らした一平はナオミが勤める店に行ってしまうのだが、そこへ来店に気付いた彼女から電話が入る。クリスマスの繁忙期を終えたら連れて行きたいフレンチの店がある、と。初デートの約束に舞い上がる一平。その興奮ぶりは非常にわかり易く、竜次ですら怪訝な目を向けるほどの板場での一平の張り切り様には思わず吹き出してしまった。ただ夢子や律子(岸本加代子)ら坂下の家の者は一平をエリ(福田沙紀)の婿にと考えているようで、このあたりの思惑の行き違いから起こる(であろう)トラブルも後半の見所の一つになるかもしれない。
 店では料理に使った魯山人の皿が欠けていた事が問題になっていて、竜次や保(高橋克実)が止めるのも聞かず律子がその責任を強引に仲居頭の澄子(森上千絵)に求めようとしていた。「弁償する」と現金を用意した澄子を夢子がなだめ一件は落着したが、どうも事の目的は「皿」ではなく今後の新・坂下に関わる人員選別への布石のようでもある。雪乃(高島礼子)のセリフにも、また次週予告でもあったように料亭・坂下の売却・閉店は現実となり「変わりゆく神楽坂」が、関わるそれぞれの人々に色々な影響を及ぼす事になる展開も一気に加速しそうだ。
 余談ながら、夢子のガモカジファッションや親子でペアの赤パンツ、ルオー(久保隆徳)が載った雑誌ネタ…忘れずに脚本に入れてくれたサービス精神(?)にはおもわずニヤリ。(綾瀬まき)

第5回(2007年2月8日放送)

☆☆☆
 ドラマのタイトルからも、この物語では「父」という存在について語るのがひとつのテーマであると思うのだが、今話は冒頭シーンから一平(二宮和也)にとっての理想の父親像として描かれている竜次(梅宮辰夫)が活躍し、そのセリフや振舞いに大いに泣かされた。この料亭坂下の板長、竜次という男は厳しいが暖かい男だ。また物静かだが口下手で不器用というタイプではなく実に思慮深く必要な言葉を必要なタイミングで、また筋道立てて他人に伝える事ができる、まさに「理想の大人」として描かれている。その格好良さは、彼を演じる梅宮辰夫がさぞかし気持ちがいいだろうと想像できる程だ。
 夢子(八千草薫)の部屋に忍び込んだ所を見つかり、若女将・律子(岸本加代子)らに責め立てられるも、夢子や夢子を匿った雪乃(高島礼子)を思い事情を打ち明けられない一平。その状況を鋭く察し自分に任せるよう申し出たのが竜次だった。彼は一平に酒を勧めながら優しく諭す。が、一平の心意気を立て、口を割らせようとはせずに自分から問うのだ、(女将の居所を)当ててみようか、と。この配慮に一平は陥落である。見ている私もじんわりと涙。こういう大人に自分を理解して貰える事がどれだけの救いになるだろう。現実の世の中ではなかなか見られない関係性、ドラマでしか有り得ない理想と考えるのは余りにも寂しいが、逆にドラマだからこそこういった「理想」を沢山描いて我々に夢を見せるのもまたフィクションの有する役割では、とすら思う。
 さて、第5話は“竜次祭り”で渋く始まり、そして後半は一平の“妄想フェスティバル”といった展開。店を辞めるつもりで所在無く街をうろついていた彼の前に不意に現れたのが、“りんごの君”(黒木メイサ)。憧れていた少女との偶然の再会は、酷く落ち込んでいた一平の心を一瞬にして舞い上がらせる。フランス語を勉強してパティシエの修行のために渡仏を計画しているという少女・唐沢ナオミの話に一平は一瞬にして「フレンチもいいかも。」などと思い始めるのだ。この安直さ、この浮き足立ちぶりが竜次の前で涙していた彼の姿とはあまりにも対極的で、そのギャップが笑いを誘う。いや、むしろ“苦笑”に近いけれど。
 結局、パリってロンドンか?フランスってどこだ?という程度の教養で陳腐な妄想を続ける一平の前にエリ(福田沙紀)が現れ、彼は店に連れ戻されることに。抵抗しなかったのは、どこかで誰かに引き止めて欲しいという本音もあったから。店が片付いた後、竜次に詫びる一平。「辞める」という覚悟を軽々しくするなと竜次に説教をされその言葉の重さに浮かれていた自分を反省した矢先、今度はその竜次が坂下を辞めるという話を仲居から聞かされ…続く、となる。
 泣かせて、浮かれさせて、また泣かせて、そして衝撃の事実の発覚…この展開の緩急、締め方、手法のひとつと分かっていても、見ている間にしっかり振り回されている。実に巧妙。(綾瀬まき)

第4回(2007年2月1日放送)

☆☆★
 取材やグラビアのカメラにさりげなく収まるというちょっと変な趣味を生きがいにしている喫茶店のマスター・ルオー(久保隆徳)然り、「地球(≒危急)存亡の秋」やら「骨抜き(≒とげぬき)地蔵」やら巣鴨に集うおばちゃま達の総称・ガモーナを自信たっぷりに「ガマーラよ!」と言い切るような…日本語にはちょっと弱いらしい歩く迷言集的な一平の母・雪乃(高島礼子)然り、今回の倉本ワールドは“魅力的な”欠点、愛すべき奇癖を持つ脇役で溢れている。それらは総じてメインストーリーの展開には(今のところは)影響を及ぼさないが、そこで発生するクスッという「笑い」がいい具合にドラマの中で緩衝材になっているのは確かだ。こんな風に視聴者の息と肩の力をフッと抜かせる小技がさすがだと思う。今回の冒頭で一平(二宮和也)がやたらに気にしていた「時夫(横山裕)の意味深な寝言」も、今後また別バージョンを聞けるだろうか。
 さて4話は家出した大女将・夢子(八千草薫)を案ずる坂下の人々の話。前夜遅くに夢子が娘の律子(岸本加代子)と言い争った挙句に家を飛び出した事を孫娘のエリ(福田沙紀)が板場で暴露し騒ぎになったのだ。さっそく仲居や雪乃達は店の控え室に詰めて捜査本部さながらの雰囲気の中、知り合いなどに電話で尋ねてまわるも有効な情報は見つからない。一方、エリは一平を連れて夢子がしょっちゅう遊びに行っていたという「巣鴨」を捜索。同地に向かう車中、ハンドルを握りながら大女将を思い涙する一平とは対照的に、エリはどこかデート気分なのだが、その高揚ぶりも彼女の素直な性格がよく出ていてむしろ微笑ましいシーンになった。ちなみに夢子が時折相談に通っていたという巣鴨の占い師は、なかなかに鮮烈な印象。余貴美子、上手過ぎる。
 結局、雪乃を頼った夢子は、バーの2階の居室でちゃっかりと本など読んで過ごしていたのだが、そこへ呼ばれた一平は今度は夢子の自室の箪笥からへそくりを持ち出してきて欲しいと頼まれてしまう。それじゃ泥棒です、と激しく抵抗するも何やら妙な理屈で言い包められ渋々坂下へ行く羽目になった彼が夢子のへそくりの現金の束を手にしたその時、部屋の灯りがパッとついた。その先にはエリの姿。彼女は仰天して悲鳴をあげる。悲鳴を聞きつけた店の人間が駆けつけ…そしてあまりの緊張とあまりのショックで一平は失神してしまうのだが、この時の彼の語りが、ちょっと気が利いているのだ。つまり「少し気持ちを整理したいので、来週まで時間を頂きたく…」だ、そうで。
 全体的にはざわざわとした印象の残る回だったが、その中でも徐々に若女将・律子に対する周囲の声が愚痴や批判めいてきて、それをじわじわ言わせ始めているあたりに脚本家の計算が感じられて面白い。坂下の中での対立の構図が徐々に構築されている感じだ。次回はいよいよ「りんごの君」(黒木メイサ)再登場。一平の去就問題も気にはなるが彼女への妄想っぷりもちょっと楽しみだったりする。(綾瀬まき)

第3回(2007年1月25日放送)

☆☆☆
 第三話の見所の筆頭は、熊沢清次郎(小林桂樹)の正妻(森光子)と妾・夢子(八千草薫)との対面シーンだろう。熊沢逝去後の数日間を店の者共々喪に服すべく静かに過ごしていた夢子の元へ、突然本妻から訪ねたいと連絡が入ったのだ。先方の言葉に了承しつつも、何か言いがかりをつけられるのではと激しく動揺する夢子は、床屋で散髪中の竜次(梅宮辰夫)や休憩中の一平(二宮和也)らを無理やり呼び寄せ、不測の事態が起こった時には助けるように、と頼むのだったが…。
 客間に迎え入れ震える手で抹茶を出す夢子に対し、本妻から出たのは夢子の悪い想像とは逆に、これまで熊沢が世話になった事への礼と詫びの言葉。夢子は良心に堪りかねて「申し訳ございません!」と頭を畳に押しつける。そんな正直な夢子の態度に彼女の人柄を見たのだろう、ここで本妻は僅かに態度を和らげ、そして「いずれ墓参りをしてやって欲しい。」と穏やかに言うのだった。この気遣いの言葉が、長年抱き続けていた本妻への後ろめたさから夢子を解放したのか、店の前で車を見送る彼女の微笑みの穏やかさには安堵が滲んでいた。動転して慌てふためく様子から、菩薩の微笑まで演じ分ける八千草薫もさすがだが、今回は、どちらかと言えば明るく陽気な役柄が多い印象のある森光子の抑えた芝居が実に効果的だったように思う。正妻としての威厳やプライド、貫禄といったものを保ちつつ、夢子という人柄を誠実に見定めようとする公正さまでもが見事に伝わってきて見ながら思わず息を呑んだ。大女優対決は、ゲストと言う立場も加味して森光子に軍配か。
 また、新たなエピソードとしては「津山冬彦」(奥田瑛二)の登場があげられる。今をときめく売れっ子作家という設定だが、かつて若い頃に雪乃(高島礼子)をモデルにした小説で文学賞を受賞した経歴があり、その事を偶然耳にした一平にとっては衝撃の父親候補現る!といった展開だ。ちなみに、ルオーの店で、また竜次に誘われたおでん屋でその津山という作家が今現在はポルノ紛いの不倫小説で売れているという周囲の話を聞いている時の一平の不思議にニヤつく芝居が絶妙。女性に初心でありながら妄想だけはたっぷり、と言った時夫(横山裕)曰くの「絶滅珍種」ぶりは笑える。
 そして終盤、いよいよ坂下の売却計画が娘の律子(岸本加代子)によって進められている事態が明らかに。猛反対する夢子、寝耳に水状態でうろたえる夫・保(高橋克実)、後ろ盾を失い資金繰りの厳しい現状を打開する為の売却であり、形を変えてでも店の暖簾を守る為の再建計画なのだ、時代が変わったのだと強く主張する娘の律子。それぞれのスタンスに善悪はない。が、真っ向からぶつかりあう考え方の違いは「坂下」という小さな世界に大きな火種を落としてしまうのだ。間もなくこの出来事の行く末が一平の立場や、神楽坂に住む人々へ大小なりの影響を及ぼしていくのだろう。
 発作的に「消えます」と家を飛び出した夢子は一体どこへ?またしても無神経な時夫によって奪われた一平と少女を繋ぐ「縁」は?ルオーは無事に津山のグラビアに収まったのだろうか…どれもこれも次週に期待するところである。(綾瀬まき)

☆☆☆
 ルオーさん(久保隆徳)、今度は人気作家・津山冬彦(奥田瑛二)の雑誌のグラビア撮影に和服コスプレで映りこみ!

ルオー「神楽坂の世界を撮りたいんだったら、狙いはやっぱし和の世界よね」

ビンゴでした。カメラマンのもう一度同じように歩いてほしいとのリクエストに、いったん時計を見て迷惑そうにする、その至芸があまりにも素敵です。こうなったら、ルオーの弟も登場してほしい。
 その津山冬彦は早稲田を出た後にシナリオライターとなり、松竹の仕事で和可菜にしょっちゅう缶詰にされていたも、実はこっそりと小説を書いていたということ。そして、早稲田の学生と御酌の恋を描き、直木賞を受賞した『石畳の街』に登場する御酌のモデルが雪乃(高島礼子)だったことが判明。その小説中、御酌は学生の指のきれいさに惚れる。それが実話とすると、津山冬彦=指のきれいな男説で、一平(二宮和也)の父親候補に急浮上となる。一方、竜次(梅宮辰夫)の指は一平と似ても似つかずということで、候補から脱落か。
 87歳で死去した熊沢清次郎(小林桂樹)の正妻(森光子)の坂下来襲に、押入れに隠れようとしたり、一平と時夫(横山裕)に闘いの準備をさせたりと、夢子(八千草薫)がまたもやかわいく右往左往する。 実際には丁重に事の次第を詫びた正妻は、葬儀慣れした党の面々がてきぱきと事を進めるその様に、疎外感を感じていたか、夢子にある種のシンパシーを感じたのかもしれない。「もう一度ここに来たかったでしょうね」との言葉に濁りがないのが印象的だ。前話の通夜ではお参りさえかなわなかったもやもやが晴れていくかのように、坂下を去る正妻を見送る夢子の顔もすがすがしい。
 謎の美少女(黒木メイサ)を思い、毘沙門天前のセブンイレブンをニヤニヤと見つめる一平は、あのりんごを食べるなと散々釘を刺したのに、やっぱり時夫に食べられてしまう。あまりにも無残なりんごの食べかすがあわれを誘うが、それにしもこのエピソード、引っ張るなぁ。謎の美少女のフランス語上達待ちなのだろうか?(麻生結一)

第2回(2007年1月18日放送)

☆☆★
 引退した大物政治家・熊沢清次郎の危篤の報が「坂下」の人々の胸をそれぞれに痛ませていた。店が休みの日曜、夢子(八千草薫)は一平(二宮和也)を呼び出し、熊沢の入院先へ届けて欲しいと小さな包みを手渡す。それは毘沙門天のお守り。物々しい警備と報道陣が待つ病院への遣いを躊躇う一平だったが、そのお守りを一人で旅立つ事になる「あの人」の懐に抱かせてやりたいのだという夢子のいじらしい思いは彼を動かした。一方、若女将の律子(岸本加代子)は、代議士の真田公正(小野武彦)に「娘のエリだけでもひと目おじいちゃんに会わせる事はできないだろうか。」と懇願、夫の保(高橋克実)も同様の事を竜次(梅宮辰夫)に相談するのだが、こちらはどちらも「できない。」という答えだった。妾と言う立場、熊沢が公人であるという状況がそれを許さないだろう、と。そして周囲の大人達の苦悩をよそに、エリ(福田沙紀)は「何故おじいちゃんに会えないの!」とストレーに不満をぶつけていた。
 妾として、その娘として、孫として、それぞれの立場での熊沢への思いを表現しつつも、敢えて「甘い」展開を用意しないストーリーの締め方がリアルでさすがだと感じた。この厳しい現実が、終盤で熊沢の通夜の灯りをワゴン車の中から遠巻きに見つめ静かに手を合わせる事しかできない「こちら」の家族の立場と哀しさを一層引き立たせることになるからだ。「理不尽です。」一平がそう心で呟いた短い言葉に、この回の思いが集約されているようだった。
 さて、大きな後ろ盾であった熊沢を失った「坂下」はいよいよ時代の変化に流されていくのだろうか。アップになる一平の顔の横で『高層マンション建設反対』の貼り紙がいつまでもフレームに収まっていたのは不気味にも印象的だったが…。
 また坂下を覆う暗雲も無論気になる一方で、一平の恋の行方や新たな父親候補の登場、徐々に紹介される個性的な神楽坂の住人達のささやかな活躍などにも期待が膨らみ、次週がますます楽しみになっている。(綾瀬まき)

☆☆☆
 マスコミの取材があるとき、実にさりげなくその画面に映りこむことを趣味している喫茶店・ルオーのマスター、ルオーさん(久保隆徳)が初登場。坂下の一大事でもある政界の長老・熊沢清次郎(小林桂樹)が死ぬか生きるかってところをやっているときに、熊沢がパトロンである坂下の女将・夢子(八千草薫)のことを気にかけつつも、映りこみの血を制御することは出来ず(?)、熊沢が入院中の病院前で見事にテレビ画面におさまった話を いきなりの冒頭にもってくるふざけっぷりがまずはニヤリとさせる。ちなみにこの喫茶店・ルオー、ほとんど『優しい時間』に登場した富良野の喫茶店そのままである。今にも「ミール、自分で引きますか?」とたずねられそう。出来ばえは現状、今作の方が断然いいのは幸いかな。
 頼まれごとをいったん断った一平(二宮和也)に

夢子「無粋ね、あなた」

とそのののしりも妙に色っぽい夢子の娘・律子(岸本加世子)が熊沢の実子であるということは、律子の娘ゆえに熊沢の孫にあたるエリ(福田沙紀)からも、またフランス語をあやつる謎の美少女(黒木メイサ)を取り次がなかったことを根に持って、人の気持ちをまったく介さない無神経極まると断罪するも、銭湯で鉢合わせたゆえに湯船をともにする時夫(横山裕)からも、一平(二宮和也)が意外とつまんない大人と見損なわれてしまうくだりもペーソスたっぷりに独特のおかし味を醸し出す。倉本先生はこういう合わせ技が本当にお上手です。
 夢子からの頼まれごとが、熊沢の懐にそっと抱かせてほしい毘沙門天のお守りを、熊沢が入院している病院の看護師・林田(梅沢昌代)に届けることだった話を一平から聞いて、何の見返りもないのに最後まで尽くそうとする妾の性に、雪乃(高島礼子)がしんみりとなる場面には見ている方もしんみりとなる。一人カウンターでグラスを傾ける雪乃の孤独な背中にゾクッ。こういう役に高島礼子は本当にハマる。
 人物紹介で慌しかった第1回からスローダウンした第2回は、断片的なエピソードがそれぞれのキャラクターの人となりを絶妙に言い表していて、随所に見事だった。こういうドラマの作り方は今風ではないも、それだけに貴重に思える。熊沢は死去するも、坂下の面々は通夜がとり行われている邸宅を遠めに車の中から手を合わせることしか出来ない。一平ならずもここが無性に悲しいのは、それまでの各キャラクターのエピソードが有効だったからである。若者の台詞までも今風とは程遠く、古めかしいのには感心できないけれど。
 第1話のときに書き損ねたが、「拝啓、父上様……」なる一平のナレーションは、倉本作品の毎度の如き書簡形式で、正直またかと最初は思った。しかし、出さなくてもいい手紙を田舎の父親に毎日書いているという時夫(横山裕)の話が大前提にあると、父親の名前も顔も知らない一平のナレーションはこれでなくてはならないとさえ思えてくる。相馬屋の原稿用紙、カッコいいです。
 ロケにカメラを変えているのかと思っていたが、そういうわけでもないみたい。別種の映像が交錯する作り方は正当ではないとしても、神楽坂の風情を切り取って見せるにはいい方法ではないだろうか。どんどんやっていただきたい。一昨日のりんごが拾い忘れて一個残っているエピローグが何ともいえないいい余韻で、思わず点数も甘くなった。(麻生結一)

第1回(2007年1月11日放送)

☆☆☆
 冷えて沈みきった冬の空気の感覚が伝わってきそうな夜明けの前の神楽坂、朝の活気と喧騒に包まれる築地市場、板場での仕込み、出勤してくる仲居達、予約の確認をとる若女将、大女将の登場…料亭での1日の始まりの様子をテンポよく順に描き出しながら、そこへ主人公・田原一平(二宮和也)の言葉が被り、人間関係や舞台設定が簡潔に過不足なく説明されていく。「特許」とも言えるような倉本作品に多用されるこの『語り』は今作においても効果的なようだ。
 これは東京・神楽坂の老舗料亭「坂下」を舞台に、そこで巻き起こる大小の日常的な事件・出来事、そして時代に流され変化を迫られる街や人々の様子を、板前の一平の視点から時に滑稽に、そして時に哀しくも描き出す人情ドラマである。
 今、料亭「坂下」を含む神楽坂地元住民の間では「高層マンション建設計画」に賛否が湧き起こり大きな問題となっていた。計画通りならば開発区域に所在する店も取り壊しを余儀なくされ存続の危機に陥るという。古きよき情緒を守ろうとする者達は「坂下」の大女将・夢子(八千草薫)の『旦那』で引退した大物政治家・熊沢清次郎(小林桂樹)の政治的圧力に計画阻止への期待を込めていたのだが、その熊沢は突然病に倒れ危篤となってしまう。
 一方、夢子の娘・律子(岸本加代子)は時流に乗り生き残るべく、マンションの一角に新たに店を構える計画を極秘に進めていて、その事実を知った夢子は心中穏やかではない。夢子の不安を案じた一平の母・雪乃(高島礼子)は息子に大女将の味方になれ、と言い、一平は困惑するのだった。
 初回は大筋であるマンション計画問題の他に、主人公を取り巻く新しい人間関係、すなわち鳥取から上京してきた板場の見習い・時夫(横山裕)との新たな師弟関係や、ふとしたアクシデントがきっかけで一平がひと目惚れをしてしまう少女(黒木メイサ)の登場などを中心にストーリーが展開した。彼ら若手の芝居に多少の固さは感じられたが、ベテラン役者がしっかりと脇を固める中で、徐々にその勢いを発揮して視聴者を楽しませてくれるのでは、と思う。
 終盤、病床の熊沢が苦しい息の下で、呼び寄せた竜次に板長としての今後の身の降り方を苦渋の決断の末に遺言する場面があったが、これが実に名シーンであった。決して多くはない言葉のやり取りの中に二人のこれまでの絆が見事に表現されていたからだ。倉本聰は自身の作品を執筆する際に、その人物が何処で生まれ、育ち、どんな出来事を経て今に至っているかという「履歴書」を用意して臨むと何かで読んだことがある。無論そういった下準備をするのは彼に限らないかもしれないが、しかし「見えない部分の設定」が、台詞となった時により重みのある言葉になるのかもしれない。
 全般的に派手さはないが、しっかりと確実なスタートを切った印象のあるドラマだ。物語上では、さらに一平の「父親探し」というテーマが絡んでくるようだが、それらを含めた今後の展開に大いに期待している。(綾瀬まき)

☆☆★
 オープニングの坂だらけの街、神楽坂の夜明け前の情景から雰囲気は最高級。野外撮影では使い分けられていると思われる映像美の数々にも心を奪われる。老舗料亭「坂下」の新たな見習いとして上京してきた時夫(横山裕)を、一平(二宮和也)が探しに行くシークエンスでは、その神楽坂を広大な迷路に見立てて、その情緒あふれる佇まいを存分に楽しませてくれる。
 坂下以外の店はほぼ実名で登場しているが、迷路のスケール自体もかなりリアルにやってくれているあたりにもうれしくなってしまった。この手のドラマにありがちな、いい加減なところがないこだわりぶりはさすがである。
 否応なく変化を突きつけられる古きよき時代の香りを残す神楽坂への共感が、このドラマの存在と重なって見てしまうのはちとうがちすぎだろうか。ちなみに、高層マンション建設計画問題は、14階どころかすでに建っているのがその倍近い本当の神楽坂の問題。あれだけの大量のりんごを転がすものも容易ではなかったろう、謎の美少女(黒木メイサ)が「どこの言葉かわかんなかった」言葉(フランス語)を操るところまでひっくるめて、まったく神楽坂のフルコース的なドラマである。(麻生結一)

拝啓、父上様

フジテレビ系木曜22:00〜22:54
制作:フジテレビ、FCC
制作総指揮:中村敏夫
プロデュース:若松央樹、浅野澄美
脚本:倉本聰
演出:宮本理江子、西浦正記
音楽:森山良子、島健
主題歌:『パピエ』森山良子
出演:田原一平… 二宮和也、田原雪乃…高島礼子、中川時夫…横山裕、少女…黒木メイサ、坂下エリ…福田沙紀、小宮竜次…梅宮辰夫、渡辺哲、梅沢昌代、菅原大吉、熊沢清次郎…小林桂樹、坂下保…高橋克実、坂下律子…岸本加世子、坂下夢子…八千草薫