けものみち

第9回(2006年3月9日放送)

☆☆★
 北国に逃避行した意味はいったい何だったのやら、どういういきさつでマスカレードの社長を退任させられたのやらもよくわからぬうちに、民子(米倉涼子)はマスカレードの社長に再就任し東京を闊歩する。一瞬の社長気分を味わった木崎(田丸麻紀)は小滝(佐藤浩市)から見捨てられ、一方奈々美(上原美佐)は民子が犯した放火の罪を着せられ……と、結局意味深だっただけでほとんどドラマの役に立たなかった二人はあっという間に放逐処分。かくして物語の焦点は小滝が欲するもう1つの“チップ”(というか、USBフラッシュメモリ)の行方と、民子と小滝、民子と久恒(仲村トオル)のある意味三角関係がどういう結末を迎えるかに絞られた。しかし残念ながら、民子対小滝にしろ、民子対久恒にしろ、その間に感じられる情念のようなものがどうにも希薄で、それ故に今ひとつ心情的に盛り上がらない。それが何に起因するかはいろいろな考え方があるだろうけれど、一つにはやはり、物語中盤にこの2つの関係をしっかり描写してこなかったことだろう。今回、回想シーンが挿入されたりもしたけれど、これによってむしろ、小滝と久恒に関してドラマ的に印象的なシーンがほとんどなかったことが浮き彫りになってしまったような気さえする。せいぜい久恒の唐突なキスぐらいだが、これは悪い意味での印象深さだったりするし。
 そんなわけで、民子が小滝に抱かれる決心をしたのもどうにもぴんと来ないままに、何をのんびり風呂に浸かってるのかと思ったらあっという間にそこが炎に包まれて。いくらなんでも目の前で灯油まかれたら、裸だろうがなんだろうが飛び出しそうな気もしますけどね。炎の中でマジックミラー越しに小滝の視線を感じて、おののきとも観念ともとれぬ表情を浮かべる民子には目を奪われたが、結局は腕に火傷をしたぐらいで助かってる!東海テレビ枠だったら絶対顔に火傷の痕を残すだろうなぁ(それは「危険な関係」)なんてことを考えるのはドラマずれしてしまった筆者の悪いくせにしても、これはあまりにも拍子抜け。そしてラスト、1話目の冒頭でも印象的だった、あのあまりにフォトジェニックなビル解体現場に戻って民子と小滝が最後の対決をするわけだが、そこでの“チップ”をめぐるオチそのものがどうこうというよりは、この二人が醸し出すべき“何か”が圧倒的に足りてない感じで、見る側としては大いに不完全燃焼。ドラマティックな要素がこれでもかと揃っていながら、それが一体となって盛り上がってくれないじれったさが最終的に残った印象だった。(安川正吾)

第8回(2006年3月2日放送)

☆☆☆
 鬼頭(平幹二郎)、逝く。前回まではつい米子(若村麻由美)に目を奪われがちだったが、この鬼頭にしても見事な怪演で、この演技があればこそ“日本を裏で牛耳る存在”というそのキャラクターに説得力が感じられたのだとしみじみ思わされる。そして今回、民子(米倉涼子)との最後の会話の趣深いこと。最後の最後で表出する、鬼頭と民子の、そして鬼頭と秦野(吹越満)の、さらに鬼頭と米子の“けものみち”を行く者同士の絆のような情のような、互いに油断ならない関係でありながらも存在する甘美な何かは、まさにこのドラマで描かれるべきものだった。
 それにしても、鬼頭が秦野に残した“限りないもの”がUSBフラッシュメモリだったりするあたりは、確かに現代が舞台ならばそうなのだろうけれど、あまりにもリアルすぎるというか、古き良きフィルムノワール的なイメージを守っている作品性からいささか浮いてしまったと思えた。まあそれは重箱の隅としても、現代の話に翻案してしまったが故に、鬼頭の

鬼頭「この国の民は、もっと豊かにならなきゃいかん」

なんて台詞がいまひとつ実感のこもらないものになってしまったのは返す返すも残念なところ。これは原作が刊行された昭和39年だからこそ生きた台詞だろう。
 ともあれ、鬼頭の葬式の最中に地検の特捜部が踏み込んできて、民子は久恒(仲村トオル)に手を引かれて逃げることに。逃避行で北国へとは、今時の観客からすればあまりにアナクロなシチュエーションなのだけれど、それを真っ正面からやってのけるのがこのドラマの良さ。どんよりとした日本海の景色とそこに浮かぶ立山連峰の険しくも美しい姿が、民子という女の出自すべてを物語っているあたりにも感じ入る。しかし、ようやく盛り上がってきたと思ったら次回でもう最終回とは。(安川正吾)

第7回(2006年2月23日放送)

☆☆★
 鬼頭(平幹二郎)から、毒を盛ったと疑われているように見えた民子(米倉涼子)だったが、鬼頭はそれが米子(若村麻由美)の手によるものだと見抜いていた。かくして米子は麻布の家を後にする、物言わぬ死体となって。まるで鬼頭の胸に飛び込むかのように、黒谷(前川泰之)の刃に身を躍らせる米子の最期が美しい。
 と、ほとんどお話が動かなかったここ数話をギリギリで支えていた功労者でもあった米子が死んだのを合図とするかのように、物語が動き出した。民子は鬼頭をその手中に収めた形となり、小滝(佐藤浩市)は秦野(吹越満)に「自分を取るか麻布を取るか」と迫り、そんな小滝を鬼頭は殺せと秦野に命令。そして久恒(仲村トオル)も警察を辞め妻子も捨て、単身で社会の闇へと切り込む覚悟を固める。それぞれの「けものみち」が、ようやく見えてきた。まあそのあたりに比べれば、美代子(星野真里)が間宮(長谷川朝晴)の女となって民子のライバルを気取るあたりは、むしろ微笑ましい挿話と言ったところ。本来なら米子との話もこれぐらいのスタンスに収まるべきだったような気がするが、まあ過ぎたことは言っても仕方ない。木崎(田丸麻紀)に奈々美(上原美佐)を含めたメインキャスト全員がそれぞれの思惑で動くという、本来のこの作品に期待されていた厚みがようやく戻ってきたようだ。(安川正吾)

第6回(2006年2月16日放送)

☆☆
 民子の行動(米倉涼子)は行き当たりばったり(または、小滝(佐藤浩市)の言う「番狂わせ」)であったとしても、小滝は実は計算済みで、鬼頭(平幹二郎)に自らの存在を見せるために民子の事業に協力するフリをするだけだったということで、なるほど、前回の意味はここにあったかと納得。ついでに言えば木崎光恵(田丸麻紀)を民子の元に送り込んでいたのもどうやら小滝だったらしいということで、ここへ来てようやく小滝のシナリオの一端が見えてきた……と思いきや、話の中心はまだまだ麻布の家における女達の攻防だったか。米子(若村麻由美)さんの一挙手一投足が相変わらず面白いことは疑いようもない事実だが、本来ならばスパイス程度に留まるべき部分がうす〜く延ばされている感じも否めない。1つ1つのシーンは面白いのだけど、どうも全体を貫くうねりのような物が生まれていない気がして、そのせいだろうか、民子が鬼頭を毒殺しようとした疑いをかけられて週またぎという話も少々あざとさのほうが目立ってしまっているような。(安川正吾)

第5回(2006年2月9日放送)

☆☆
 鬼頭(平幹二郎)の所有物であることを認識しつつ、しかし鬼頭の手が及ばないもの(=マスカレードの事業拡大計画)を育てようとする民子(米倉涼子)には、それが秦野を通じて鬼頭に筒抜けであることもわかっていたはずだけれど、それでも小滝(佐藤浩市)を巻き込んで、挙げ句の果てに鬼頭家に呼び出された小滝のもとに息せき切って駆けつけるって、何かこう全体的に行き当たりばったりというか先見の明がなさすぎるというか。まぁ考えてみれば、この民子という人は最初っからそうだったわけなのだけれど、鬼頭がひじょうに絶対的な存在らしいと視聴者にもしっかりわかった今となっては、あまりに隙だらけな民子の行動にはちょっとハテナマークも浮かんだりする。対鬼頭の重要人物である代議士・間宮(長谷川朝晴)との密会を、いくらおかみ(東ちずる)をぎゃふんと言わせるついでがあったからって、お馴染みの人が多い芳仙閣でわざわざやるのもちょっと抜けているとしか思えない(まぁその結果として、美代子(星野真里)による間宮の誘惑なんてことが起こったりもするわけなのだけど)。映像の美しさは相変わらずだし、菊を食べちゃう米子(若村麻由美)さんなんかも面白いんだけど、さすがに折り返し地点近くまで来るとそればっかりでは評価しきれなくなる感じもある。(安川正吾)

第4回(2006年2月2日放送)

☆☆★
 黒谷(前川泰之)の襲撃については、言われてみれば確かに米子(若村麻由美)が糸を引いているような描写があったけれど、久恒(仲村トオル)のキスに関してはやっぱり今ひとつ釈然としないままに話は進む。とは言え今回は、ようやく放火ネタが一段落ついて、民子(米倉涼子)がいかに鬼頭(平幹二郎)の懐により深く入り込んで行くかに話の軸足が移り、さらに演出のペースも元に戻ったおかげで、ずいぶん持ち直した印象だった。米子とのキャットファイトも、単なるあざとい見どころ作りではなく、民子が鬼頭の単なる“おもちゃ”ではなくなってきている象徴と言うことで、しっかりドラマ的に機能しているあたりがいい(まあ、ドラマとしては当たり前のことなんですが、最近そういう当たり前すら見せてくれないドラマも多いので)。それにしても、民子と鬼頭の秘め事を襖の隙間から“縦に覗く”米子さん、面白すぎです。(安川正吾)

第3回(2006年1月26日放送)

☆☆
 視聴率対策の意味もあったかもしれないが、第1話における民子(米倉涼子)の殺人シーンを執拗にリピートして見せたり、久恒(仲村トオル)がニューローヤルホテルのことを思い出すと小滝(佐藤浩市)の顔がセピア色でカットインされたりと言った、ありきたりのサスペンス調演出にはがっかりさせられた。そういうことをしないところが、このドラマの良いところだったのに。そういえば、途中で中島みゆきの歌う主題歌が流れるタイミングも妙だった。一体どうしちゃったんだろう。
 演出面が崩れてくると、思わせぶりなやり取りばかりを繰り返していることまでもマイナスに感じられてくる。後半になると多少は話が動いた感じもしたものの、後先も考えず突然民子に襲いかかる黒谷(前川泰之)の大胆さにびっくりし(悪い意味で)、さらにはあの久恒が唐突に民子に××……というラストにまたびっくり(悪い意味で)。ラストシーンに関して言えば、久恒のしみったれた家庭生活を描写していたのがそれへの伏線だったのかもしれないが、そういう話に持って行くにしてももう少しこのドラマらしいやり方があると思うのだが。1話で見せてくれた、観客を五感で世界に没入させてくれるような良さがどんどん失われているようで先行きが不安になってきた。(安川正吾)

第2回(2006年1月19日放送)

☆☆☆
 1話目ほどの圧倒的な映像美はなりをひそめたが、ねっとりとした空気感は健在。そんな中で本心をほとんど見せない登場人物達が見せるやり取りは、まさに“マスカレード”ってところか。現状では、話運び的には決して意外な展開を見せてはいないのだが、それでもまったく過不足のないドラマが展開している。久恒(仲村トオル)がドア越しに咳き込む音が民子(米倉涼子)の“恐怖の象徴”的に描写されるラストシーンなどは、上手いと感じさせてくれたところ。
 民子の醒めたナレーションは、ちょっと芝居がかりすぎていると感じさせることもあるけれど、

「ひとつ、私は決めたことがある。これからは、自分自身を外から眺めることにしよう」

あるいは

「すでに黒く染まったものは、その先どんな色にも染まりようがない」

なんていう台詞のインパクトが、そんな印象を遙かに凌駕している感じ。この民子という女にこの後何が起こるのか以上に、それが起こった時にどんなナレーションを聞かせてくれるのかが楽しみでしょうがない。(安川正吾)

第1回(2006年1月12日放送)

☆☆☆
「黒革の手帳」では、まだ随所にある種の「テレ朝木9らしいある種のチープさ」が感じられたのだが(もっとも、それは決して悪いものではなかった)、本作はかなり本格的に重厚な雰囲気を目指しているよう。この1話めに関しては、余裕綽々の語り口、陰影の濃い映像美、ほどよいケレン味と、まさに3拍子そろった形で、目指した水準に到達している様子なのに敬服する。冒頭の崩れかけたビルに始まり、ホテルのラウンジ、鬼頭家の庭にいたるまで、ロケ撮影されたシーンの美しさと、それが物語のムード作りに一分の無駄もなく役立っているあたりが心に残った。大いに期待できる出来映えと言えるのでは。(安川正吾)

けものみち

テレビ朝日系木曜21:00〜21:54
制作:テレビ朝日
制作協力:共同テレビ
チーフプロデューサー:五十嵐文郎
プロデューサー:内山聖子、伊賀宣子
原作:松本清張『けものみち』
脚本:寺田敏雄
演出:松田秀知(1、2、5、8、9)、藤田明二(3、4、6)、福本義人(7)
音楽:佐藤隼
主題歌:『帰れない者たちへ』中島みゆき
出演:成沢民子…米倉涼子、久恒春樹…仲村トオル、佐伯米子…若村麻由美、杉原奈々美…上原美佐、木崎光恵…田丸麻紀、黒谷富雄…前川泰之、間宮悦郎…長谷川朝晴、成沢寛次…田中哲司、久恒薫…網浜直子、久恒太郎…吉川史樹、岡橋誠一…中原丈雄、柏木圭伍…鹿内孝、高原裕造…真夏竜、檜原映子…梅宮万紗子、香川周太郎…山田明郷、赤星医師…森下哲夫、朝倉邦男…小市慢太郎、鬼頭の主治医…松熊信義、佐久間洋介…中村祐樹、高島恒男…酒井敏也、熊谷四郎…牧村泉三郎、小笠原愛…安田美沙子、桜井通子…津乃村真子、武藤美代子…星野真里、秦野重武…吹越満、田村高廣、結城紗和子…野川由美子、篠田智昭…西岡徳馬、如月初音…東ちづる、鬼頭洪太…平幹二朗、小滝章二郎…佐藤浩市