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砂の器 (TBS系日曜21:00〜21:54)
製作著作/TBS
制作/TBS ENTERTAINMENT
プロデューサー/伊佐野英樹、瀬戸口克陽
原作/松本清張『砂の器』
潤色/橋本忍、山田洋次
脚本/龍居由佳里
演出/福澤克雄(1、2、5、7、10、11)、金子文紀(3、4、8)、山室大輔(6、9)
亀嵩ロケ演出/福沢克雄(4)
音楽/千住明
主題歌/『やさしいキスをして』DREAMS COME TRUE
出演/和賀英良…中居正広、成瀬あさみ…松雪泰子、関川雄介…武田真治、田所綾香…京野ことみ、吉村雅哉…永井大、唐木イサム…松岡俊介、宮田誠…岡田義徳、佐藤仁美、石丸謙二郎、辻萬長、秋山菜津子、芹澤名人、佐藤二朗、大高洋夫、田窪一世、甲本雅裕、沼田爆、西村淳二、高村晃平、広岡由里子、佐藤めぐみ、齋藤隆成、加世幸市、浜近高徳、田島健吾、田所重喜…夏八木勲、佐藤B作、麻生譲…市村正親、茅島成美、斉藤洋介、根本りつ子、大森暁美、草薙幸二郎、不破万作、伊藤正之、かとうかずこ、今西純子…森口瑤子、織本順吉、三木謙一…赤井英和、本浦千代吉…原田芳雄、今西修一郎…渡辺謙
ほか

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第11回(3/28放送)
☆☆
 冒頭のテロップを見て安心。やっぱり「宿命」はピアノ協奏曲だったんですね!最大の疑問はいきなりに払拭されるも、その後は首をひねるような展開が続出。千代吉(原田芳雄)の風貌は長い逃亡生活により、指名手配の写真とは大きく異なったって、それは厳しいな。こういう設定も2時間なら2時間という制約の中で見せられるのであれば、勢いのうちに許容できたかもしれないものなのだけれど。千代吉が三木謙一(赤井英和)に連行されるまさにそのとき、父との別れを悟った秀夫(斎藤隆成)が駅までかけていく感動的なはずの場面も、もう一歩高まっていかず。様式が形骸化してしまうのは、初回からのパターンではあったが。
 村八分の恐怖、過酷な逃亡生活、そして亀嵩でのイジメから逃れるように、流れ流れて長崎にたどり着き、天災に乗じて和賀英良が誕生するまでの回想と「宿命」が初演される過程のカットバックも、時間軸が釈然としないためか、どうにもしっくりいかなかった。ただ、中居正広がピアノを弾くシーンはお見事。まるで本当に弾いているかのように見える。
 今西(渡辺謙)の温情で、和賀改め秀夫が牢獄の千代吉と対面する場面は、蛇足だったようにも思えるけれど、それはそれとして。大いに違和感があったのは、せっかく『宿命』で押してるのに、いったんエルガーのチェロ協奏曲を挟む演出があまりにもうるさい。ここまで来たら、最後まで『宿命』でいってくれないと。
 それにしても、あさみ(松雪泰子)の存在は何だったんだろう。関川(武田真治)も半端にフェイドアウトしちゃったし、麻生(市村正親)や今西の妻(森口瑤子)にいたっては、いてもいなくてもよかったか。最終回はきっと三木謙一(赤井英和)の善良が満載だと思ってたのに、結局この人のこともよくわからなかった。水増し具合にばかり気をとられていたけれども、結局は各キャラクターを描きこむ時間が足りなかったとは何たる皮肉。(麻生結一)


第10回(3/21放送)
☆★
 車で逃亡したはずの和賀は、いつの間にか電車で亀嵩へ。そしてついに、事件の全貌が明らかになる。言われなき差別が原因となって、和賀の父である本浦千代吉(原田芳雄)が引き起こした30人大量殺人のすべてを今西(渡辺謙)が懇切丁寧に説明するのはいいとしても、村八分の解説などにはやはり首をひねらざるを得なかった。それこそ、お得意のテロップで説明するなり、吉村(永井大)に疑問点を質問させるなりといった他の方法があったのでは。
 ドラマは展開すればするほどに、疑問の塊になる。1980年に住民投票はありえただろうか?母・房(かとうかずこ)が病に陥ったときに、なぜ救急車を呼ばなかったんだろう?タクシーは?せめて病院に電話で連絡するとか。村八分中とて、電電公社にまでは圧力をかけられまいに。
 後半にいたるとドラマからは物語る意思がいっそう希薄になり、ひたすら映像美に徹するようになる。本浦親子は逃亡の道のりに、どうして過酷にしてより目立ちやすい寒村部を選択したのだろう?逃亡の理由がズレることで、日本海側を人目を忍んで行く理由もなくなってしまうのだが。
 もっともわからなかったのが、これまで『宿命』を交響曲と呼んできたこと。あれはどう考えてもピアノ協奏曲でしょ。亀嵩を訪れて過去の記憶が呼び覚まされたことで、構想が交響曲から協奏曲に変わったってこと?そういう説明はなかったようだけれど。初演までの時間の経過の説明も下手。第1回の感想に、

「物語の素晴らしさと脚本家の信頼度を考えれば、このドラマが見ごたえあるものになることはほぼ間違いないし……」

などと書いてしまったことを大いに後悔する。(麻生結一)


第9回(3/14放送)
☆★
 第7回、第8回でほぼ事件の動機が出きったために、最終回前のこの回はまたまた思わせぶりに空っぽになる。ついにあさみは、1月4日の夜に蒲田で和賀とすれちがったことを証言。そんなあさみの思いを知ってかしらずか、和賀(中居正広)は逃亡する。
 とりあえずは、あの「宿命」には何かが足りないと和賀は思ったわけわけでしょ。それは懸命な判断だ。リハーサルで指揮してませんでしたけど、本番大丈夫なんでしょうか。もちろん、和賀が指揮するわけでしょ。まぁ、最後のコンサートはピアノ協奏曲じゃないと盛り上がらないと思うんだけど。(麻生結一)


第8回(3/7放送)
☆☆
 初回のきっかけ以降、ほとんど空っぽだった回が続いて、前回あたりから事件が見え隠れしはじめるにつけ、やはりこの題材は連続ドラマ向きではなかったと再確認する。そして、ドラマが核心に迫るにつけ、時代の置き換えがマイナスにしか働いていないことにガッカリとさせられる。
 サミットで『宿命』の完成披露コンサートって、それじゃ小室哲哉じゃないの!まさか沖縄で逮捕とか。今西(渡辺謙)はついに、本浦千代吉(原田芳雄)が犯人の大畑事件にまで行き着く。視聴者的にはその大畑事件がいかなる事件なのかを、次週の楽しみにしなきゃいけないんでしょうね。
 苦悩する和賀(中居正弘)が自分の手を床に叩きつけるに、三木謙一(赤井英和)を殴りつけたあの時とオーバーラップするあたりは、定番ながら迫力あり。(麻生結一)


第7回(2/29放送)
☆☆
 ついに今西(渡辺謙)と吉村(永井大)が和賀(中居正広)を尋問する機会を得る。和賀は平静を装い、玲子(佐藤仁美)とかつて付き合っていたことまでも淡々と告白するそつのなさ。そして、三木謙一(赤井英和)が殺された1月4日の深夜は、あさみ(松雪泰子)と朝までいたと答える大胆不敵ぶり。ところが、2人を送り出した途端に玄関で尋常ならざるほどにガタガタと震える。あの和賀だったら、『牡丹と薔薇』にだって出演できるのでは。演出の質が同じじゃないですか。
 以心伝心とはこのことか、あさみ(松雪泰子)は衣裳室の例のコート袖に血がついていることを確認。あさみを訪ねて来た今西と吉村には、4日の夜は和賀と朝まで一緒にいたと答える。
 後半の見ものは、アカデミー賞ノミニー男優、渡辺謙のデタラメ風な快走につきるでしょう。もちろん、アカデミー賞の発表の瞬間の方がより見ごたえがありましたが。綾香(京野ことみ)に行き着き、田所重喜(夏八木勲)に娘に近づくなと怒鳴られたことで、伊勢の映画館で見た田所の写真を思い出し、全力疾走で伊勢へ。毎度おなじみのテロップ説明がなかったところを見ると、もしかしたらあのまま走って行っちゃったのかも?!
 桐原(織本順吉)の独白により、三木が世話していた放浪親子の話にまで行き着く。

「あの本浦千代吉(原田芳雄)!」by今西

思わせぶりが不発に終わりそうで怖い。一番感動したのは下見に行った結婚式場の広さでした。(麻生結一)


第6回(2/22放送)
☆★
 吉村(永井大)が血痕のついた衣服の断片を手に駆け込んでくる様は、まるで逃亡する殺人犯のよう。ただちに捜査本部が再結成されるが、すでに転居していた玲子(佐藤仁美)の消息はつかめずじまい。と思ったら、流産による出血で死亡。芋づる式に、玲子→関川(武田真治)→和賀(中居正広)がつながる。もともとがトリックを凝らした物語ではないので、スルスルいくところはスルスルいくわけですね。『陰陽師U』と三木謙一のつながりなんてテロップを見せられると、こけるんだけど。(麻生結一)


第5回(2/15放送)
☆★
 このドラマの構造的な欠陥は、和賀(中居正広)を中心にドラマを進めていかなければいけないために、どうやっても思わせぶりなテイストに終始しなければならないという点。それしか方法が残されていない中で、どこまでドラマを張っていくかはある意味興味深い。
 あさみ(松雪泰子)と一夜を共にした和賀(中居正広)。関川(武田真治)との間に子供が出来たと語る玲子(佐藤仁美)からは、電話でもう会わないと告げられる。玲子は本当に楽譜を燃やしてくれたのだろうか。和賀の心に不安がよぎる。
 吉村(永井大)は、新聞に掲載された『紙吹雪をまく女』というエッセイに目をとめる。一人の美しい女性が紙吹雪のようなものを電車の窓からまいていたという内容に引っかかった吉村は、エッセイの筆者からその女が銀座のクラブ働く玲子だったことを突き止める。この美学的な設定にはやはり大いに引っかかる。偶然の連なりも、テレビドラマという長丁場で見せられるとなおさら白々としてしまう。
 あさみは衣裳スタッフとして劇団に復帰。またまた主宰の麻生(市村正親)に嫌味を言われる。これって何の意味が?同じ衣装係の宮田(岡田義徳)が殺人当日和賀に貸したコートを見るなり、どっかで見たことがあるって、またまた都合のいいことで。
 吉村は秩父鉄道の線路沿いを血まみれになりながら、ついに血痕付きの紙ふぶきを発見。証拠品を探すんだったら、『警視庁鑑識班2004』的には手袋ぐらいした方がいいのではと思ったが、さすがに最後はハンカチを使ってましたね。
 事件の核心に迫る前にとりあえず一回はといったノリでジャブ程度に和賀とすれ違った今西(渡辺謙)は、伊勢に立ち寄った三木(赤井英和)が2度通ったという映画館で伊勢出身の代議士・田所重喜(夏八木勲)とその家族の写真を見るも、ここでは和賀の姿に気がつかず。映画の設定は残したんですね。「宿命」の出し惜しみに、つなぎっぽくエルガーのチェロ協奏曲。捜査本部が解散になったその日の夜、犯行現場で和賀、今西、吉村がニアミスしたかのように見せるあたりはなかなかうまい。(麻生結一)


第4回(2/8放送)
☆★
 昔を思い出して懐かしむ者もいれば、昔を怨んで人を殺す者もいるという今西(渡辺謙)の言葉は、まさに作品の確信に触れるものだったが、残念ならがドラマに対する期待感は、早くも終息に向かいつつある。昭和を色濃く反映する『砂の器』という作品には、平成の連ドラ枠はあまりにも器違いだったということか。
 列車の乗換えや捜査状況を説明するテロップの多様は、松本清張物を意識してのことだろうが、だったらどうして最初から徹底的にやらないと。計算された映像美で見せた出雲のロケは、渡辺謙がアカデミー賞にノミネートされた直後のもののはず。ちなみに計算機が出来るまで亀嵩は、日本のそろばんの7割のシェアを占めていたらしいです。ドラマとは何ら関係のないうんちくにもっともうなずいてしまうことの虚しさよ。
 あさみ(松雪泰子)の不遇と和賀(中居正広)の宿命とを透かして見せようとする試みは、もはやどうやったってとってつけたようになってしまうのはうまくない。1回たりとも会う約束をしていない2人があれほどまでに頻繁に会ってたら、『そして、突然、嵐のように……』だけをけなしてこちらはお構いなしとはいかないでしょう。手袋を貸したり返したりも、何だったのかよくわからない。女優を続けるために劇団をやめたあさみ(松雪泰子)は、どうして劇団の主宰(市村正親)ごときにあそこまで言われなきゃいけないの?大体、主役を降ろされたらいきなりに衣裳係という人事も不当すぎるわけだけど。
 和賀の作曲中の「宿命」は、

「交響曲は順調に進んでる?」by綾香(京野ことみ)

と言うからには交響曲なんでしょうね。てっきり、協奏曲だと思ってたけど。ということは、クライマックスには間違いなく和賀本人が指揮しちゃったりするでしょうね。
 何はともあれ、あらすじを書くほどの物語の進展もないので、

「どうなってんだよ、この山は」by吉村(永井大)

という絶叫の「山」の部分を「ドラマ」と置き換えて叫んでみたりして。ゴミ出しに間に合わなかったあさみと今西の妻(森口瑤子)が改めて名乗りあう偶然にもげんなり。これが、当サイトの2003年年間ドラマ大賞の最優秀脚本賞に輝いた龍居さんの脚本作かと思うと悲しくなります。(麻生結一)


第3回(2/1放送)
☆☆
 遠い日の自分に照らし合わせ、自殺しようとしたあさみ(松雪泰子)を助けてしまう和賀(中居正広)。今話最大の見所が冒頭いきなりにやってきて、すぐさま過ぎさってしまう。東京に戻ったあさみはまたもや人とぶつかると、これが何と今西(渡辺謙)の息子で。本当は殺すためにあとをつけてきた和賀があさみを助けてしまったことと同様に、ここでは再びぶつかることにこそ皮肉をこめたのだろうけれど、その狙いほどは効果があがっていない。むしろ、ドラマの世界の狭さをいっそう際立たせてしまったぐらいのこと。
 三木(赤井英和)が東北ではなく、岡山の出身だったことがわかり、捜査は振り出しに戻ってしまう。犯人逮捕に執念を燃やす今西は国立国語研究所にまで訪ね、東北弁によく似た出雲弁があることを知る。東北弁についてだったら、例え国立国語研究所に勤めてなくても、佐藤B作さんに聞くのは正しいでしょうね。むさぼるように島根県の地図を調べる今西は、ついに亀嵩という地名を発見する。
 話は割れているだけに、あとは語り口の工夫で楽しませてほしいんだけど……。もはやその歩みののろさが、第10話までの引き伸ばし作戦のようにしか思えなくなってしまう。みっちりと作りこまれた映像も、それがいっそう息苦しさを助長させることに。田所(夏八木勲)から頼まれて、ピアニストの代役を引き受けた蒲田のコンサートホールで、何者も三木に見えてしまうという設定も、ちょっと安易過ぎる気がする。キーパーソンであるはずのあさみも、いまのところは水増しに加担するのみ。
 映画版があれほどにうけたのもそのメロウさゆえだけに、もっと甘ったるく作ってもいい気がするんだけど、何だか中途半端。映画版の構成には疑問があるだけに、密かにこの焼き直しには期待してたんだけどなぁ。今西の妻・純子役で森口瑤子が初登場。(麻生結一)


第2回(1/25放送)
☆☆
 主人公の苦悩の表情がクローズアップされるたびに、物語はまるで固まってしまったかのように動かなくなる。血染めの白いタートルのセーターをはさみで細かく刻み、五線紙にはさんで紙袋に詰め込んだ和賀(中居正広)は、それを元恋人の玲子(佐藤仁美)に渡して焼却するように頼んだ。「カメダ」というキーワードを手がかりに、秋田県・羽後亀田の訪れた今西(渡辺謙)は黒ずくめの男がうろついていたという情報を得るも、捜査はそこで行き詰ってしまう。まもなく被害者の息子が遺体を確認し、ついに身元が判明。被害者の名前は三木謙一(赤井英和)で、東北ではなく岡山出身だった。
 あさみ(松雪泰子)のもとには、25年前に自分を捨てた母親が亡くなったとの訃報が届く。追い討ちをかけるかのように、劇団を主宰する麻生(市村正親)から、念願だった主役の座を剥奪されてしまった。打ちひしがれたあさみは母親の葬式に出るべく、生まれ故郷である丹後半島の伊根を訪れるが、あさみを虐待していた義父と名も知らぬ義理の妹が号泣するさまを見て、来るべきではなかったと深く後悔し、ショックのあまりに足は日本海に面した断崖に向かう。事件現場でぶつかったことを思い出したあさみをつけ狙う和賀は、物陰からそんなあさみの姿を見るにつけ、自らのつらかった少年時代のことを思い出す。
 終始もったいつけてる感じが、分厚いはずの背景を薄っぺらに見せてしまっているここまでのところ。随所に説明的な台詞が目立つのも具合が悪い。例えば、いくら20年以上会っていない親戚からの電話とはいえ、名乗ったあとに「あんたのお母さんの妹です」などといったメッセージの補足が必要だろうか。劇団内で主演女優をいきなり衣裳に人事異動するとも考えづらいだろう。これらはドラマの主筋にはまったく関係ない部分だけれど、ディテールこそがそのドラマ全体を表すものとも言えるのだから。今回の龍居さんはどうしちゃったんだろうと、大いに心配になってしまう。(麻生結一)


第1回(1/18放送)
☆☆★
 あれ?今クールの日曜劇場は、『白い影』の再放送だったっけ?、と一瞬戸惑わせるほどに、中居正広の影のある演技は、いかなる役柄においても普遍だったことがここに立証される?! ここ数年、1970年代に作られた作品のリメイクが目白押しだが、ついに『砂の器』までもが登場した。物語の素晴らしさと脚本家の信頼度を考えれば、このドラマが見ごたえあるものになることはほぼ間違いないし、台詞を廃した圧倒的な映像美と丁寧な作りにその意気込みのほどは伝わってきたが、そのテンションに今一歩のれなかったというのが第1回目の印象。
 ピアニストの和賀英良(中居正広)は、チャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番を熱演し、詰め掛けた観客から拍手喝采を浴びる。コンサートが終わり、岐路に着こうとする和賀の前に、三木(赤井英和)という初老の男が現われる。いったんは他人のふりをするも、思い直して場所を蒲田に移して会うことに。昔話のたびに、そして三木から「秀夫」と呼びかけられるたびに、表情が曇る和賀。スナックからの帰り道に、ちょっとした拍子から三木を突き飛ばしてしまった和賀は、気絶した三木を落ちていた石でめった打ちにして殺害してしまう。その場から足早に去ろうとする和賀は、劇団員のあさみ(松雪泰子)と肩がぶつかる。遺体は早々に発見され、今西(渡辺謙)と部下の吉村(永井大)が捜査を開始した。スナックの店員から被害者が東北弁をしゃべっていたことと、「カメダ」というキーワードを聞き出す。
 松本清張の原作物らしく、犯人が犯した犯罪のトリックではなく、なぜその犯罪が引き起こされたかに焦点があたる。ただ、この作品の根幹となる部分のくだりは、このリメイクでは扱われないらしい。昭和史的な裏打ちこそがこの物語を分厚く見せるのだけれど、設定も2004年の平成だし、ドラマは普通のサスペンス的な面白みへ向かうのでしょうね。となると、和賀が背負う過去とは何なんだろう? 新味は、捜査にあたる刑事ではなく、過去を背負うピアニストの方が主人公であるところ。(麻生結一)




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